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 序章 -It is …Degeneration… God in the dark.-

  ――神は闇に堕ちた.

 

 

 その晩は彼女にとってはある意味で特別だったのだ。

 人にあらざるもの、地に堕ちた神の末裔。そんなゴミクズほどの価値もない生き物が唯一存在を許された時間。

 生きたままの肉を鋭利な歯牙でかっさばいた時に出るような、どこまでも濃く深く鮮やかな血の色が、空を支配していた。

 吐き気を感じるほどに血に染まった、緋き満月。

 気味の悪いくらいにひっそりと静まり返った音のない小高き丘は、天と繋がれなくなった『彼ら』が主役のステージ。

 普段ならば美しい花や、可愛らしい小動物に溢れていたはずの丘は、その『緋き満月』という普段とは少し違う非日常のせいで、まったく違う姿を見せていた。

 針が落ちる音でさえどこまでも聞こえるような、そんな特殊な無音空間。風の音までもが聞こえないと言うのは、常識で考えれば全く持ってありえないことなのだが、その空間ではそれが当たり前のようにも思えるのだ。

 そう、唯一聞こえるのは自身の鼓動。身体の中を駆け巡る知性なき野生の欠片とも言える血液の疼き。血に飢えた狼の本能。

 真紅の暗闇に落ちる、そんな焦燥感。

 

 そう、不意に。

 どんな者をも恐怖のどん底に突き落とすかのような、低く闇に映える咆哮が響いた。

 真っ赤な満月を背負い、特殊な空間でこそ生きていられる彼女は白い衣を纏った堕落そのもの。

 歯牙を生肉の血で染め、快楽と煩悩に狂った瞳をし、全てを飲み込まんと大口を開けて吼える。どこまでも遠くまで響くその咆哮は、明確な意思を持って放たれる。

 乱れを、歪みを、解れを。

 ただそれだけのみ。力なきものが力を持つものを羨み恨むかのごとく。

 不幸な末路を辿る自身に苛立ち、自身と同じはずだった者たちにも堕落を歩ませようとする明らかな悪意。

 白き雌狼は、堕落の神として、地に堕ちた悪として、空に戻れぬ穢れた身として。

 いつだったか、託した思いも忘れ、過去を捨ててしまった。雌狼は自身を呪っていつまでも吼え続けた。

 

 吼え続ける。雌狼は瞳に灰色の涙を湛えて。

 

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